連載コラム

石川勝美-ゴルフ道なき奥の細道

時の流れに・・・

2013/5/22 21:00

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時の流れに……
 天賦の財、という言い方があるかどうか知らないが、人は、生まれながらにして環境を与えられている。

 わたしたちが日本人として生まれたのも環境である。男(あるいは女)に生まれたのもそれで、「その家」に生まれたのもそうだ。美人で生まれた人もいれば、お金持ちの家に生まれた人もいる。日本人としての法の下の平等はだれでも同様だが、そのほかの要素は不平等の世界だ。生まれながらにして、スタートは不平等なのだ、と嘆くなかれ。

 法の下以外に、平等なものがあった。「時間」である。だれもが1日24時間をもっている。1週間は7日、1年は365日だ。わたしがそれに気がついたのは、30歳を過ぎたころで、50歳を過ぎたいまは、「それを意識して」毎日を生きているといっていい。

 裕福でなく、どちらかといえば、貧しい家庭に生まれた息子(遼)に与えてあげられるのは、わたしたち夫婦の時間であった。お金はなかったが、妻はパートタイムに出ることをせず、家にいて、遼を育てた。遊園地には行けなかったが、釣りや、山歩きをたくさんやった。

 「タイム・イズ・マネー」はビジネス用語であって、時はお金より大切だ。「タイム・イズ・ライク」といっていい。付け加えれば、時を上手に使う人は、お金を上手に使うだろう。

 「時」を積み重ねたものが人生だ。これも天賦の財のひとつで、短命な人もあれば、100まで生きる人もいる。平等ではない。わたしたちは、自身の寿命を知ることはできない。わたしもあと10年なのか20年なのか想像すらできない。

 寸暇を惜しんで働く人が時間を上手に使っているとは、わたしは思わない。その人はそのうち、自分がなにをやっているのかわからなくなるだろう。

 小さいころ、よく父に釣りに連れていかされた。わたしは釣りが上手で、たいていの人より多く釣っていた。川を見れば魚のいるところ、いないところの見極めができた。同じようにわたしは、遼に釣りをやらせた。遼の釣りは、気が短くてあまり上達しなかった。

 茨城県稲敷市の横利根川に出かけた。3月上旬のあたたかい日であった。この時期水温が上昇すると魚は餌を食うようになる。寒い日は川底にじっとしていて、すなわち、釣れない。例年、フナ釣りは、桜の散ったころからはじまるので、まだ早かった。桜が散るころには、田植えのために田に水を引くので、あちこちの用水で小さなフナがたくさん釣れる。3月上旬では、用水は干上がっている。数名の物好きな釣人がヘラブナを狙っていた。気温は20度に達しようとするあたたかい日であって、釣れるかもしれない。10分、20分……釣れない。

 釣りほど、非生産的なものはない。釣れた魚はリリースするので、収穫はゼロ。散歩ほど歩かないから、健康によいとはいえない。「時は金なり」的に考えれば、もっとも下手な時間の使い方だ。

 30歳を過ぎて、時間の大切さに気がついたわたしは、それでも釣りを続けた。釣るためでなく、考えるために。会社の机にいて考えることはできない。パソコンを前にしてもできない。夕食の食卓で「さて、どうしよう」と人生を考えることはできない。

 釣ろうとはするものの、釣れなくてもかまわない。いまの自分の生活を振り返り、将来を思い、餌を付け、竿を振る。いつまで仕事を続けるのか、それほど仕事は大事なのかと考えながらウキを見ている。

 あの時間は無駄ではなかった。ほかの人の釣りを見ながらそんなことを考えた。わたしにとって、釣りとは人生の途中駅のようなものなのだろう。各駅停車して、そこで反省し、また計画する。

 父から習った釣りを、息子に上手に伝えたい。

石川勝美
●いしかわ・かつみ──息子・遼のコーチ役として各地に帯同しながら、執筆、講演活動などを精力的にこなす。『石川家の子育て』など著書多数。ゴルフをはじめ読書、写真、釣り、旅行、競馬、家庭菜園など多彩な趣味をもつ。1956年生まれ。





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