スピースのショートゲームを見ていると、熟年プロに匹敵する「上手さ」を感じる。そして、それを武器にして、彼は世界ナンバーワンへと登りつめた。20代初めという若さで、なぜそんなにショートゲームが上手いのか?在米ゴルフジャーナリスト・舩越園子がレポートする。
取材・文=舩越園子/写真=平岡純
秘訣はズバリボールのボスになる
世界ランキング1位に上り詰めたジョーダン・スピースは、何を武器にして戦っているのか。その答えが「飛距離」ではないことは、スピース本人も周囲も認識している。とはいえ、まだ22歳と若いスピースは、ドライバーでかっ飛ばすことにも魅力を感じているようで、先日、米国のTV局から2016年の目標を問われたときは「飛距離を5〜10ヤード伸ばしたい」と答えていた。
それを聞いたニック・ファルドは、飛距離アップを望むスピースに、こんなアドバイスを送った。
「せっかくすばらしいプレーを続けているのだから、スイングを変えたり、肉体改造したりといった方法で飛距離アップを狙うことは決して勧めない。それよりも、今、すでに持っている武器を維持することのほうが大切だ」
スピースの武器――それはもちろん、彼のショートゲームだ。
グリーン周りでもグリーン上でも、スピースはボールを自在に操っているかに見える。スピース自身、米ゴルフダイジェスト誌の取材に対し、「ショートゲームの秘訣はボールのボスになること」と答えていた。
「自分がボス。ボールは自分の指令に従って動く。僕は試合中でも、それを意識しながらプレーすることがある」
確かに、スピースは優勝争いの真っ只中で、しばしば大きな声を出す。あれは独り言ではなく、自分がボスとなってボールに声をかけ、指令を出しているということなのだ。
「カモーン、ジョーダン!」
「プリーズ、ジョーダン!」
「ダウン、ジョーダン!」
「スピンバック、ジョーダン!」
とはいえ、そんな祈りとも願いともしれない声のおかげでスピースのボールが見事にコントロールされ、グリーン周りからカップの中へと運ばれていくわけではもちろんない。
ボールのボスになることがショートゲームの秘訣だというスピースは、どこか空想主義的だが、その一方で、ゴルフ技術に関してはとても合理的で論理的。そして、ゴルフ界にあふれる雑多な理屈や諸説を排し、実にシンプルに考えているのだ。
パットは3段階そして左手首がキー
スピースのパットの上手さは、もはや誰もが知るところだが、彼にも悩んだ時期はあったという。
パットの苦悩から抜け出し、「劇的に向上した」と喜んだのは、ハイスクールに通っていた09年ごろ。そのきっかけになったのは、パットのグリップをレギュラーグリップからクロスハンドに変えたことだった。
スピースはパットの秘訣をシステマチックに考えている。米ゴルフ雑誌のレッスン記事の中で、彼はその秘訣をセットアップ、引き金、スクエアという3つのパートに分けて解説していた。
セットアップでは体を右半身と左半身に二分し、まず右半身だけを「セットアップ入り」させる。右の手のひらをターゲット方向へ向けながらパターグリップを握り、パターフェースもターゲットに向けながらボールの後方にセットする。それから左手を添え、左半身も「セットアップ入り」させる。
クロスハンドゆえ、そのとき左手は右手より下側に置く。しかし、「肩の高さは左右そろえることが最も重要」。スピースが強調しているのは、この「両肩を水平に保つ」という1点だ。
セットアップが完了したら、次に必用になるのは引き金だとスピースはいう。「静」から「動」へ移るためには、何かしら引き金が必要。スピース自身はグリップの上部をわずかにターゲット方向へ押すような、フォワードプレスにも似た微動作を引き金にしているそうだが、ここでも彼は、わかりやすい一言を強調する。
「力みすぎると手もパターもスムーズに動かない。心からネガティブ要素を、手や腕、体からは余計な力を取り除き、リラックスすればいい」
インパクトでフェースをスクエアにするべきとは、誰もが知る定説。だが、そのためにどうすべきかには諸説がある。ストロークの軌道はストレート・トゥ・ストレートがいいのか、それとも半円弧を描くほうがいいのか。スピースは「そういう理論は複雑で混乱する」という。彼が常に心がけていることは、たった1つ。まっすぐ伸ばしてセットした左手首を、最初から最後まで曲げることなくストロークすること。
こうしてみるとスピースは、全体的にはストロークをシステマチックに合理的に考えているのだが、最終的には、どの部分に対しても、その秘訣をわかりやすい1フレーズに集約している。
パターをクロスハンドで握り、「両肩は水平」「力みを取る」「左手首はまっすぐ」だけを心がければいい。スピースのパッティングは「シンプルこそが、ベスト」なのだ。
アプローチもシステマチックに
グリーン周りから寄せるショットとその技術的なコツに対して、スピースはシンプルに、そして、きわめて「ボス的」に考えている。ボスである自分がボールやクラブ、ときには自分の肉体に対し、「こうなってほしい」という願いを込めて指示やサインを送る。すると、「部下たち」はボスの意向を汲み取り、いい仕事をしてくれ、いい結果を生んでくれる。それがスピースのアプローチの全体像だ。グリーン手前の土手や傾斜に当て、その1クッションを入れることで球威を落とし、ピンへ寄せるアプローチのことを、スピースは「バンプ」と呼んでいる。
バンプではボールを低く出すことが大前提。そのためには、52度のウエッジを握り(=指令)、52度のロフトがボールを低く出し、土手や傾斜に当ててくれる(=仕事、結果)。
さらにいえば、バンプではボールをクリアに捉える必要があるのだが、「クリアに捉えろ」という指令は混乱を招きやすいため、スピースは「打ち込め」という指令を出す。体重配分を左足6、右足4ぐらいの比率で構えたら、あとは52度のウエッジに「打ち込め」と指令を出せば、それでいい。
一方、出だしだけボールをやや上げ、数バウンドさせたら止めるという、やや高度なアプローチを、スピースは「チェック」と呼んでいる。バンプとの違いは、出だしでボールをふわりと上げること。そのためには60度のウエッジを握ればいい。
そして、数バウンドで止めるためにはボールにスピンをかける必要があるのだが、そのためには「インパクト後にボールの先側の地面を薄く剥ぎ取るようにウエッジを動かすと効果的だ」とスピースは考えている。
だが、コンマ何秒のうちにそんな動作を考えながら行なうのは難しすぎる。それゆえ彼は、インパクト後、「ウエッジをできるだけ低く長く地面に近づけておくこと」という指令を出す。
高度なショットもシンプルに
もっと高度なアプローチショットをする際も、指令を出し、ボールにある作用を「させる」という構図に変わりはない。
スピースが「1ホップ、1ストップ」と呼んでいるウエッジショットは、前述した「チェック」をさらに凝縮させた応用編だが、この場合もスピースは「こういう指令を出せば」、体やクラブやボールが「こんな仕事をしてくれる」という考え方で複雑な技術を単純化している。
たとえば、「1ホップ、1ストップ」の場合、バックスイングの大きさはフルショットの半分以下でいいから、両手が胸の高さに来たところで止めるべきだが、そこで止めようとしても止まらないのが動作というもの。そこでスピースは胸の高さまで来たあたりで手首のコックを最大化すればいいのだとアドバイスする。「手首をコックしろ」という指令を出せば、「手首のコックが、バックスイングをそこで止め、コンパクト化してくれる」。
体重配分は左7、右3。「左足体重がダウンからインパクト、フォローにかけて、スイングを加速してくれる」。加速をさらに上げ、スピードアップすれば、「スピードがより多くのスピンをかけてくれる」。
「あとは、状況に応じて適切なウエッジ、適切なクラブを選べば、そのクラブが必要な距離を出してくれる」。
自分はボスで司令塔。迷わず判断し、指令を出すのが自分の仕事であり、実際の動作をするのは部下であるボール、体、クラブ。
だから冷静な判断が下せる。スピースのショートゲームの秘密は、そこにある。
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