連載コラム

舩越園子の米ツアーレポート

松山英樹のアイアン世界

2016/5/23 22:00

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すべてのクラブの中で、軸になるのはアイアン――松山英樹のクラブ担当者は、きっぱりとそう語る。基本に忠実で、超ハイレベルな感覚派。米ツアーのトップで活躍する松山の独特なアイアン世界を舩越園子がレポートする。
取材・文/舩越園子




アイアンがすべての要「顔」の好みは変わらない



 パット・イズ・マネー。スコアリングの決め手がグリーン上だというのは、ゴルフにおける定説だ。

 しかし、米ツアーのコースで一番の難しさはどこにあるかとたずねると松山英樹は、「グリーン上」ではなく、「グリーンの狙い方」だと答える。

「PGAツアーで上位に来るのはアイアンがうまい選手。ちょっとぐらいパットが下手でも、アイアンがうまければ上位に来る。そこでパットが入れば、優勝できる。大事なのはアイアンショットです」

 ピンを狙うアイアンショットこそが要。となれば、彼にとってアイアンは、バッグの中で最も大切な武器ということになる。

 松山のギアを担当して3年目になるダンロップスポーツの藤本哲朗氏も「松山選手は常によりよいものを求めていろいろなクラブを試していますが、道具の面で軸を失わないように努めています。彼にとっては間違いなく、アイアンが軸です」という。

 大切な武器ゆえに、松山がギア担当へ寄せる注文はさぞかし多く、細かく、難しいのだろう、と思うかもしれない。だが、藤本氏いわく、「今現在のエース・アイアンのどこかが毎週のように変わるかといえば、そんなことはない。小さい鉛を貼ることはありますが、変化があるのはそれぐらい。基本的にシーズン中は何も変えません。シーズンが終わるころ、たとえばプレーオフシリーズのころから来季に向けてのアイアンの調整や変更を検討し始める、という感じです」。

 ひとたび使い始めたら、一定期間は同じアイアンをほぼ同じ状態で使い続けるという松山だが、そのぶん、アイアンの最初の選び方、「見初め方」には、こだわりがある。

 藤本氏とともに松山のアイアンの変遷を辿ってみると、「彼は中学生ぐらいの早い時期からスリクソンを使い始め、高校時代は初代のZ-TX、初めてマスターズに出てローアマに輝いたときもZ-TXでした。その後、二代目のZ-TXに移りましたが、どちらもキャビティでヘッドは大きめ。プロになってからはマッスルバックに変え、最初はZ925、今はZ945。これらもプロが使うアイアンの中ではヘッドは大きめです」。

 大きめのヘッドを好むところは昔も今も変わらないらしい。「松山選手はクラブの形状に対する自分の好みをはっきりと持っています。見た目はやさしそうなのですが、ミスはミスとしてショットに表われるものを好みます。こういうスイングをしたからこういうショットになるという本人の意識と、実際のショットとのズレがあると納得しません」

▲レンジでショットを打ちながら、スタッフとクラブ調整をしている松山



▲松山のクラブ担当・ダンロップスポーツの藤本氏




0.5グラムの鉛を貼っては振る、振っては貼り替える



 大柄で強い筋力の持ち主なら「シャフトはX」と思われがちだが、松山はX100ではなくS400を使い続けている。いうまでもなく、そこにも彼のこだわりがある。

「フレックスでいうと、SよりXのほうが硬いのですが、重さでいうと、S400のほうが重い。松山選手は少し重めで、少ししなってくれるシャフトが好き。そこは機能というより好みの問題。重量感がしっかりある重めのシャフトを振るのを、彼は好みます」

 そんなふうに松山のアイアンの好みを説明してくれていた藤本氏が、興味深い話をし始めた。

「全体的にいえることなんですけど、松山選手は重みに対する感覚が鋭い。とりわけ、重みをどこに感じるかという感覚がきわめて敏感です。普通の人なら、ほとんどわからないような微妙な重さに、彼はとてもこだわる。たとえば、0・5グラムの小さな鉛の貼り方を見ていると、彼のこだわりが伝わってきます」

 松山のアイアンには、鉛のテープがあちらこちらに貼られている。バックフェースに大胆にベタベタと貼られている鉛について藤本氏は、「あれは私が貼ったもの。昨季までのセッティングから今季はちょっとだけシャフトを短くしたんです。それでヘッドが軽くなった分を調節するために私が鉛を貼り、バランスをそろえて松山選手に渡しました」。

 それとは別に、松山の重さに対するこだわりが反映されているのは、わずか0・5グラムの小さな鉛だ。

「ここかな、というところに0・5グラムを貼って振ってみて、ちょっと違うなと思うと、それを剥がして、また別の場所に貼る。新しいアイアンや、調整してバランスをそろえたアイアンを渡すと、ほぼ9割方、彼はそこに自分で0・5グラムを貼るんです。ウエッジにも小さいのが貼ってある。彼にしかわからない本当に微妙な何かを感じ取って貼っているんでしょうね。料理人が最後の仕上げに一振りするスパイスのようなもの。松山選手にとっての最後の一味。それが、0.5グラムの鉛なのだと思います」


「当たり前」に忠実尽きることのない向上心る



 松山だけにしかわからない微妙な重量調整で仕上げることができれば、そのあとは「別段、特別な注文はほとんどない」と藤本氏はいう。

「彼はいつも基本中の基本みたいなことを忠実に求めています。ドライバーで何ヤード、3番ウッドで何ヤード、次のクラブで…という具合に、番手ごとに打ちたい距離を考え、今より3ヤード飛ばしたい、5ヤード飛ばすためには、と思案して、それをロフトで調整するか、長さで調整すべきか細かく考え、14本でいかに打ちたい距離を打ち分けるかを一生懸命考えている。それはアマチュアでも考えることですし、真っ当で当たり前のこと。でも、その当たり前のことをそこまで真剣に考えているプロは、あまりいないような気がします」

 基本に忠実、「当たり前」に忠実なアイアン選びこそが、松山のこだわり。特別なのは、わずか0・5グラムの鉛の貼り方だけ。それでいて傑出した成績を出せるのは、ひとえに彼の技術力。いや、武器とその選び方という土台固めがしっかりできているからこそ、その上で彼の技術が花開く。

 もちろん、シーズン途中で現アイアンに特別な注文を出さずとも、ゴルフに対する松山の向上心が尽きることはない。藤本氏はいう。

「今のアイアンをこうしたら、こうよくなるというようなテーマは、彼は常に抱いていると思うんです。松山選手は自分のゴルフに対して満足しきることはないし、メジャーで勝つためには何をどうすべきかという探究心も常にある。それに向けて、私は道具の面からサポートできたらいいなと思っています。今年、彼は体が一回り大きくなりましたけど、本人が変われば、そこで求める道具の性能も変わってくる。常に進化しなきゃダメなんですよね。彼のレベルがすごく高いので、ついていくのは大変ですけど」

 当たり前でありながら、同時に「超」がつくほどのハイレベル。そんな「松山のアイアン世界」を垣間見た。

▲松山のクラブセッティング。練習日だからか、本数が多いような…



▲松山自身が貼るという0.5グラムの鉛。この違いを感じるというからスゴイ



▲米ツアーで勝つにはアイアン巧者であること。毎ショット多彩な技が求められる



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