連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

ある体験について

2015/7/2 22:00

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メジャーチャンピオンや国内外の有名プロとまわってもあとにも先にもあの一度だけ…



 ゴルフはメンタル・スポーツだといわれている。試合に際しての心の在り様、あるいは持ち方によって、結果が大いに変ってくる、というのだ。といっても、スポーツの根幹は体力だから、身体能力の弱い人が強い人に勝つことはできない。精神力をいくら鍛えても、それだけでは強い人に勝つことは不可能である。例えば、ボクシングなどが体重別の勝負になっているのも、そのあらわれである。あるいは、体重別のない相撲にしても、大男や巨漢の方が小さい男よりも基本的に有利であるといえるのではないか。

 しかし、69連勝の記録をもつ双葉山は決して巨漢ではなかった。15歳で入門したときは身長1・73メートル、体重73キロ、東前頭二枚目で三役力士と取組む地位になったときには身長1・79メートル、体重98キロになった。途中に「天竜事件」があったものの、当時においては、体重が少し軽いだけで、力士としては充分だった。横綱の玉錦は身長1・74メートル、体重143キロ。双葉山は連勝のスタートを切った昭和11年5月には関脇で体重は120キロだった。

 当時は一年に本場所は2回だけで、番付会議は1回、つまり昇進するのは時間がかかるのだ。また昭和12年1月までは11日興行、同5月から13日になった。いずれにしても、69連勝が不滅の大記録であるのはいうまでもないが、その土台には双葉山の精神力があったのだ。彼は、親方から身体に悪いといわれると、タバコをやめたし、好きだったマージャンもやめた。

 タバコやマージャンなどは、現実には、なかなかやめられないものなのである。健康によくない、といわれても、ハイ、ヤメマスとはいえない。また、タバコもマージャンも続けていたとしても、それが成績に直に結びつくとは限らないのではないか。はっきりしているのは、意志の強さを測るのに、ある程度は役に立つことである。

 実は、先週の川奈ホテルで行われた女子プロの試合をTVで見ていて、やはり心の強さがゴルフには必要らしい、と感じたのだ。ご承知のように、川奈ホテルの富士コースが難しいことはよく知られている。

 勝ったのは7アンダーの藤田光里(20歳)だったが、18番ホールでグリーンの外から入れたのだ。そこまで、アウト33、インは15番でボギーを打ち、パーならば6人が6アンダーになるところだった。彼女のボールからピンまでは6メートルくらいであるが、グリーンに乗せるまで短い距離のセミラフをどうクリアするかが問題である。しかも、グリーンに乘ってからの下りをどう読むか。

 わたしの体験でいうなら、3番ウッドを使ってパターのように打つか、パターで強めに打つかである。そこまで同スコアのライバルが3人で、それに同じ組の2人を加えると、前例のないプレイオフになる。

 TVのコメンテイターは、6人のプレイオフは珍しいが、2組に分けるのか、6人いっしょにプレイするのか、どうなるんでしょうかといっている。わたしは、6人が同じ組でプレイするだろう、と思っていた。晴天だから風が強い。同じ組にしたって、風による運不運がある。とはいえ、2組に分けるのはやはり問題がある。

 すると、まだ球がグリーンに乗ってはいないが、距離的にはカップに近い藤田がパターを持ち、あっさり入れてしまった。残りの2人がパーをとるかどうかは関係なく7アンダーになった藤田が勝ってしまったのだ。プロになって3年目の初勝利であるが、昨年は成績不振で、もうやめようかという気分になったこともあったという。

 それより前にアマ時代に彼女は石川遼の出た試合を見に行ったことがあった。サインが欲しくて石川の移動について回った。石川は人気スターだから、なかなか近くに寄れなかった。それに石川が気がついて使用ずみの手袋にサインし「ボールがなくてごめんね」と笑顔でくれた。感動して、それがプロをめざす原点になった(スポーツ報知)。とはいえ、プロになっても現実に勝つのは大変である。ゴルフをやめようと思ったのも決して不思議ではないのだが。

 オフのグアム合宿が転機になった。他の人が練習所で打つのを眺めた。

 「打ちたくなるまで見ていました。打ちたくなったら10球くらい打って、また眺めての繰り返し」と笑う。心をリフレッシュすると、自分のスイングが戻った(読売新聞)。

 これだけの経験で試合に勝てるなら、ゴルフは少しも難しくないが、この二つのエピソードはなかなか教訓的ではないだろうか。つまり、メンタル・スポーツの、肉体の問題ではない部分を象徴する話だと思うのである。わたしはゴルフをはじめて何年かたってプロゴルファーといっしょにラウンドする機会に恵まれた。関西の若手で何勝かしているスイングの美しいプロだった。最初のパー4のホールでわたしはツーオンした。そして5メートルくらいのパットに入ったとき、不意に胸がドキドキしてきた。初めての体験であった。パターを持つ手がふるえる感じだった。わたしは構えをとき、ラインを読むふりをしてしゃがみこみ、どうでもいいや、と自分にいって立ち上り、すぐにパットした。少しオーバーしたが、返しを入れてパーで上った。プロと回るというので緊張したらしいが、それだけではあるまい。何であんなにドキドキしたのか、今でもわからない。しかし、貴重な経験だったことは確かなのだ。

 それ以後、アメリカのプロのスコット・シンプソンをはじめメジャーに勝ったプロといっしょに回っても、わたしはごくふつうにプレイできた。パットで手がふるえることはなかった。仕事でもないことにビビる必要はないぞ、といい聞かせたからである。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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