いわゆる「天才」とはどういう人なのだろうか。手もとにある辞書に「天性の才能。生れつき備わったすぐれた才能。また、そういう才能をもっている人。――ピアニスト」とある。また別の辞書では、例として画家を挙げている。天才の中の天才だったナポレオンはこういう。「天才とはおのが世紀を照らすために燃えるべく運命づけられた流星である」(大塚幸男訳)
ナポレオンはフランスにおいて一流の文章家としても評価され、パスカル、ルソー、モンテーニュらと共に「不滅のページ」叢そうしょ書に入っている。なるほど彼ならではの実感的な定義づけで感心するが、現実的な例示としては、ピアニストはどうもピンとこない。
好き嫌いは別として、その種の仕事にたずさわる人で例示するならば、ピアニストよりも画家のほうが適していると思う。というのは、ピアニストの場合、実在の人がすぐに思いうかんでこないが、画家ならばピカソがいる。中年以後は抽象的になってしまうが、かつてスペインのバルセロナにあるピカソ美術館を訪れたら、彼が15才のときに描いた自分の手のデッサンが展示されていた。やはり画家だった彼の父親がこのデッサンを見て、自分の才能がとうてい息子に及ばないことを悟り、以後は絵筆を手にしなかったという説明だった。
では、天才ゴルファーというのはどうであろうか。アマチュアでありながら、年間グランドスラムを達成したボビィ・ジョーンズがいる。最近ではタイガー・ウッズもその実例に入れてもよいのではないか。さらに、アメリカでは現在でもスイングの模範といわれるベン・ホーガンはどうか。彼は「自分が練習所に3日も現れないと、それはニュースになる」といったというから、自分でも天才ではなく、練習の虫だと知っていたのだ。それより「ゴルフでこわいのは、下りのパットとベンだ」といったサム・スニードの方が天才ゴルファーと呼ぶにふさわしい。
日本では誰になるだろうか。すぐ頭にうかんでくるのは石川遼である。15才でプロの試合に勝ったし、プロ入りして3年後に賞金王になった。そして同じころにアメリカでは、女子高生のミシェル・ウィが天才少女と呼ばれた。ハワイアン・オープンでいっしょにプレイした南アのアーニィ・エルスが「本当にすばらしい。完璧なスイングだ」とほめた。プロ入りを宣言すると、1000万ドルの契約金を貰った。石川もプレジデンツ・カップで戦ったウッズから「彼と同じ年齢だったときの自分よりもすぐれている」とほめられた。
石川は昨年とことしは10月まで勝てずにいる。ウィはこれまでに2勝したのみ。わたしが天才とはどういうものか、をテーマにしたのは、天才と目された若いゴルファーの多くが、ウッズを別にして大成していないからなのだ。セルヒオ・ガルシア(スペイン)が全米プロ選手権でウッズにつぐ2位になったとき、マスコミはセベ・バレステロスの再来と評した。セベは18才で全英オープンに出て、勝ったジョニー・ミラーにつぐ2位タイになった。もう一人の2位はジャック・ニクラスだった。セベは結局全英とマスターズに計5勝した。幼児のときからアイアン一本で遊んだというセベは、グリーン周辺とパットにかけては天才的に上手であった。それはウッズも同じである。
石川とウィの停滞は、わたしの見る所ではグリーン周辺の拙さにある。石川が練習にあてる時間の中で、もっとも多いのはこれまでドライバーだったらしい。尾崎将司に見てもらったようだが、その努力は見当違いではないのか。昔、あるプロがマスターズに出てボロ負けして帰ると、400ヤード飛ばす猛練習を開始した。それはバカげた努力だとわたしが評したら、父君という人からどなりこまれた。
ゴルフはミスとつきあうゲームなのだ。方向が10%ほどぶれるのは致し方ない。つまりつねに400ヤードでグリーンにワンオンできるなら毎回イーグル・チャンスになるが、10%の狂いが左右に出ると、バンカーならまだしも、池やOBに入ってしまう。距離と方向の両立は難しいから、どちらを優先するかが問題なのである。
以前、あるコント作家がゴルフの川柳かるたを戯作した。「論より証拠」が「論よりショット」。「塵ちりも積れば山となる」が「チョロも積ればオンとなる」は誰もが感心した名作だったが、ある意味でこれは方向が距離よりも重要であることを暗示している。ゲイリー・プレイヤーはその著書で、バンカーからカップインを10回達成するまで帰宅しなかったと書いている。飛ばす練習もいいが、ミスはつきものなのだ。バンカーでのミスはスコアを崩してしまう。
こうした先人たちが身をもって示してくれた教訓に学ぶなら、石川はドライバーの倍の時間をグリーン周りの練習にあてるべきなのだ。
もう一人の天才ウィの不調は何が原因か、情報不足で不明であるが、韓国はつぎつぎに女性の天才を日米双方のツアーに送り出している。どちらの国でも目下の首位は韓国人だが、日本のツアーですばらしいスコアで勝ったアマチュアの金キムヒョージュ孝周が先週の試合でプロに転向した。宮里藍の最年少優勝記録を破った実力の持主で、TVで見る限りはスイングに全く弛みがなかった。ほかにカナダ・オープンで勝った韓国系のニュージーランドの天才少女がいるが、プロで成功するか否かはまだわからない。プロは、大きな賞金と名誉のかかった試合が連続すると、身より先に心がへとへとになってしまう。プロになったばかりの金孝周をふくめて、生れついての才能だけでは克服できない壁があるのだ。ボビィ・ジョーンズがプロにならなかったのは、弁護士の仕事や資産家だったせいもあったが、プロの苦しさがよくわかっていたから、アマで過した。それでもファンの大きな期待がプレッシャーになるから、試合に出るのをやめた。アマに引退はないのだが、引退した。石川も宮里藍も天才的ゴルファーだが、この先どこへどこまで行くのか、できるのは暖かい気持で見守ることだけであろう。
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