連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

きびしい世界での覚悟

2013/1/15 21:00

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 米ツアーでプレイしていた今田竜二が、一縷の望みを託した最終戦の成績も悪くて、とうとうシード権を失った。2日目を終って9アンダーの2位タイ。首位はツアー一年目のチャーリー・ベルジャン(28歳)の12アンダー。ほとんど聞いたことのない名前の選手で、この時点の賞金ランクは139位。今田の方は、下部ツアーで何年か苦労してシード入りしてから8年。1勝しただけだったので、バイロン・ネルソン・クラシックなどで3勝した丸山茂樹に比べると、やや印象が薄かった。しかし、世界じゅうから、腕に覚えのあるゴルファーの集ってくる米ツアーでは、1勝もできずに去って行く人はたくさんいる。資格をとってツアー入りしても、1年か2年で去って行った日本のプロは多かった。今田、丸山のほかに勝ったのは青木功だけ。日本人ではないが、日本のツアーで勝ちまくったグラハム・マーシュがアメリカで戦った成績は1勝したのみ。

 それを考えると、10年間アメリカでシード権を維持し、その間に日本のシード権も保持して日本オープンに勝ち、賞金王にもなった尾崎直道はスーパーマンに近かったといえる。もう20年近く前になるが、全米オープンに勝ったアメリカ人プロが秋の日本の試合に出て、あっさり勝った。その前後に日本としては賞金の多い試合があったから、常識的にはそれにも出るかと思った。しかし、一試合だけで帰国するということもあって、日本の記者があれやこれやと質問し、彼がそれに答えている中で、どきりとした言葉があった。「全米オープンのチャンピオンは、どこで行われる試合であっても、出る以上は負けるわけにはいきません」

 彼は全米オープンに一度ではなく、複数回の勝者になるのだが、その自信に充ちた言葉の裏には日本のゴルフを低く見ている感じがあった。正面切って、それをいえば、彼は否定するだろう。アメリカ人プロの中には粗野な男もいて、同じころのことだが、曲げた球がギャラリーにぶつかり、負傷させたことがあった。もちろん故意にしたことではないとしても、その人のところに行き、何か言葉をかけるべきである。だが、その男(全米プロに勝ったことがある)は全く無視してプレイを続けた。ひどいものだが、ジャック・ニクラスやトム・ワトソンらは、ゴルフがうまいだけではなく、人間としても優れているとわかる。

 全米オープン・チャンピオンたるもの、どこの国だろうと、出るからには負けるわけにはいかない、というが、彼は全英オープンに出たとき、片手でパーパットを打ち、空振りしたことがあった。そのために勝者に1打負けた。空振りがなければプレイオフになるところだった。プレイオフになっても勝つという保証はないが、大きなチャンスを逃したことは確かである。

 ゴルフに限ったことではないが、勝負の世界はやはり特別なものがある。一般の市民社会の常識や感覚では計れないものがあるのだ。ふつうの感覚ならば気にする必要のないことでも、びっくりするくらい気にする場合がある。たとえば、こちらが約束の時間に1分か2分でも遅れると、実に不機嫌になる。どうしてかというと、遅れるというのは、勝負の世界では負けに通ずるから、自分の行動ではないとしても、負けることに鈍感な人とつきあうのは絶対にいやがる。

 そういうことは全く気にしない人もいる。もう故人になったが、碁の世界で最高位の棋聖、名人などのタイトルを何回も得た棋士は、些事には全くこだわらない人だった。わたしが彼の対局を観戦に行くと、負けることが多かった。タイトルをかけた七番勝負ではじめは勝つのだが、最終局になると、優勢だったのに、負けてしまうのである。それが度重なると、こちらも気になるから、観戦を遠慮しますよ、といった。すると、「バカをいわないでよ。負けたのはこちらがヘボ手をうったからだ」

 といった。口に出したことはなかったが、日本で一番強い碁打ちは自分だ、と確信しているところがあった。脱線するが、彼は、人間としては碁の世界で一番強いかもしれないが、それでも碁の神様の力が百とすると、自分はせいぜい五か六だ、ともいっていた。

 将棋の世界も似たようなもので、名人を何期もつとめた人は、自分の力に自信は持っている一方で、勝負を左右するものは、自分の実力以外の何かがある、と考えているようなのである。それはゴルフの世界でも同じなのではあるまいか。

 今田は最終的に16アンダーで優勝したベルジャンと3日目に同組になった。ベルジャンは2日目の後半に体調不良でフラフラになった。打ったあとに芝生の上に横になった。医師がきて中止を勧めたようだが、シード権がかかっている以上、それで退場することは不可能だった。18ホール終ったあとに救急車で病院に運ばれたが、翌朝には出てきた。今田は最終組で彼とつきあうことになった。1番、3番のホールでベルジャンはボギー。今田としては倒れんばかりのベルジャンに気をつかいながらのプレイになった。そして、ベルジャンは1アンダーでプレイしたのに、彼に気をつかって一日を過した今田は1オーバーで、優勝争いから脱落。

 これは今田の実力ではない。要するにムービングデーに、半病人のベルジャンと組むことになった不運のせいだったのだ。そして、プロゴルフの世界というのは、半病人だろうと、気にする必要のない非情な世界であることの証なのである。

 来年から石川遼はそこへ飛びこむ。女子の有村智恵も、シード権を取れたのでアメリカに行くだろう。彼や彼女は、すでに日本のプロゴルファーとしては実績のある人たちである。だが、日本では考えられないようなきびしい世界であることを知っておいた方がいい、と思うので、余計なお世話を承知で書いたのである。

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