国際的な報道特派員の集りの組織として、もっとも権威をもっているのは米国のホワイトハウスの記者クラブだろう。何か重大な事件が起きたときに大統領本人が出てきて演壇に立ち、そのスピーチに対する記者たちの質問にきちんと答えるのだ。このクラブには、ワシントン駐在の外国人記者の加入も認められているから、挙手して質問することは可能である。といっても、新しい大統領の第一回目の会見でアメリカ以外の国の特派員が手を挙げても、司会の報道官が「どうぞ」ということはない。「ワシントン・ポスト」だったか「ニューヨーク・タイムズ」だったか、最古参の女性記者がトップバッターになるのが慣例なのだ。
デモクラシーの国だから原則は各人平等であるが、多くの人が集るクラブ組織の場合、やはり記者個人の年齢、記者歴、さらに貫禄もモノをいう。では、日本はどうかというと、日本記者クラブと日本外国特派員協会がいわば二大窓口である。前者は1969年の創立で、わたしはその時からの会員だが、国際的な組織としては後者の方が古い。1945年に米軍が日本に乗りこんできたとき、同時に各国の特派員がやってきたので、米軍のバックアップで作られた。マリリン・モンローが韓国に駐留している米軍兵士の慰問のために、新婚早々の野球選手ジョー・デマジヨーと来日したときは、外国特派員協会が仕切った。まだ日本記者クラブはできていなかった。
同協会は、日本にいる日本人であっても、いずれ国際的なニュースの主人公になる可能性のある人をゲストとして招いている。松山英樹が五月の日本プロ選手権のあとに招待された。むろん前もって交渉があって出たわけだが、もし彼が1打差で負けていなく勝っていたならば、会見もきっと盛り上がっただろう。日本にきている外国人特派員の多くはゴルフ好きである。自国を出るときにゴルフバッグも持参している人は多いのだが、日本はグリーンフィが高価なので、ゴルフはできないし、ことに土曜日日曜日には料金が倍になるのは理解できない、という。アメリカ人でサンフランシスコに自宅のある特派員は、市営のハーディング・パークのコースなら市民証を見せれば10ドルでプレイできるという。ハーディングは全米、全英両オープンに勝ったジョニイ・ミラーが育ったコースである。前にプレジデンツ・カップの会場となったこともあり、わたしは一度だけプレイした経験がある。市民ではないから10ドルではないが、それでも手引きカート代金を含めても30ドルはしなかった。ただし、前の2組の亡命ベトナム人グループ8名が超スロープレイで、16番で日が暮れてしまった。その点、料金の高いペブルビーチでは、スロープレイのゲストは、巡回しているマーシャルによって2度目の警告により即座にプレイ中止となる。一度注意したのにそれを無視するなら、ほかのゲストに迷惑だから退場してもらうというわけなのだ。ペブルビーチはカーメル市にあるが、カーメル市長だったクリント・イーストウッドも公定のゲスト料金を支払ったという。パブリックといっても市営コースではないから高額なのだ。
外国特派員たちが松山に興味をもったのは、わたしには、いささか不思議である。松山は3年前にアジアのアマ代表戦に勝ってマスターズに招待され、ベストアマとして表彰された。翌年もそのチャンスはあったのに、4日目に大叩きして、その栄誉を逃してしまった。日本のTV局は、勝者が決定したところで中継をやめてしまうが、アメリカのゴルフ専門局は表彰式の終わりまで放送する。わたしはTVを切らずに見たが、マスターズ委員会が表彰式をいかに重視しているか、そのときに理解できたのだ。松山はプロの勝者よりも先に会員たちに紹介され、小さなカップを渡された。松山は司会者にうながされてマイクの前に立った。妙に落ち着いていて、困惑しておどおどしている感じがなかった。英語でサンキュウとはいったが、司会者もそれ以上は求めなかった。
マスターズの表彰式に連続して立つというのは、現実にめったにないことなのだ。プロでも2年連続して表彰式に出られた人はきわめて少い。もしも松山が4日目のスコアをまとめていれば、連続ベストアマとして彼の印象は強烈だったはずである。おそらくマスターズ委員会は、昨年の特別招待枠を石川遼に使わずに、日本の太平洋マスターズに勝った松山に当てたのではあるまいか。何といっても強いプロたちが集ってくる試合でアマチュアが予選をパスすることは“偉業”といってよい。
日本の外国特派員が松山に注目したのは彼の将来性を見込んだからだろうが、これから日本の試合で好成績を挙げるという保証は何もない。それより、海外の試合に出ても活躍できるかどうか、誰にもわからない。わたしは、松山がゴルファーとしてすぐれた能力を有していることは確かだと思うが、その能力は時としてつまらぬ障害によって充分に発揮できなくなるおそれがあると思っている。
外国特派員協会で彼は最初に紙に書いた英文を読んだ。協会の会見は英語が公用語である。前にイギリス人なみに喋るという評判の日本の首相が英語で喋った。日本語で語っても英語の通訳がつくのだが、首相は自信があったらしい。なるほど英作文ならば満点だっただろう。だが、あの発音とイントネイションでは、特派員たちの半分は理解できなかったはずである。石川は渡米した最初の会見で「ハロウ・アメリカ」と語り出した。本人はゴルフのハンデなら30くらいだった、といっているが、最近のTVの外国人との応答を聞くと、シングルハンデになっている。
松山は四大メジャー中心に外国の試合に出るらしいが、それなら少くとも1日3時間は英語漬けになるべきである。紙に書いた英文を読んだ発音とイントネイションでは、外国人たちは彼を低く見るだろう。語学力とゴルフの能力とは無関係のはずだが、せっかちな特派員たちや記者たちは、そういう理解はしてくれない。多少とも彼らを知るからあえていうのである。
三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。
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