連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

松山英樹の勝利運

2015/2/4 21:00

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現役時代のパーマーはまるで西部劇のヒーローのようなプレーぶりで人気があった



 昨年の日本のプロゴルフ界は、男女ともこれといってびっくりするような出来ごとはなかったが、あえていえば、男子は松山英樹の米ツアー初勝利と女子は上田桃子の帰国後の2勝だろうか。業界全体の話題としては、例えばカーボンシャフトの登場のようなものはなかった。用具の革命的な進化は、現行ルールの下では、もはや望めないのではあるまいか。

 男子プロとしては、やはり松山のメモリアルの優勝である、というより、それしかないことに寂しいのである。とはいっても、本格的にアメリカのツアーに参加してから(実は、そのこと自体が決して簡単にできるものではないのだが)、さほど時間が経っていないのに、アメリカでは準メジャーに扱われている試合に松山は勝った。そしてそれによって松山のプロゴルファーとしての将来も、保證されたようなものである。

 ニクラスが自分の名前を冠した試合を主催し、それをツアーの一試合にしたいと望んだとき、業界が双手を挙げて賛同したかというと、必ずしもそうではなかった。彼より前に、プロ個人の招待の形式で試合を開催できたのは、アーノルド・パーマーのみである。歌手で映画スターのビング・クロスビーや喜劇俳優のボブ・ホープが西海岸で2月に試合を持てたのは、プロ・ツアーの試合スケジュールに余裕のあった冬期であることやパーマー本人が映画スターそこのけの人気者だったからなのだ。

 パーマーより約10年後輩のニクラスは、プロとしての実績はパーマーよりも上だったが、人気の点では遠く及ばなかった。原因の一つは、パーマーのゴルフが、例えば難敵を恐れぬ西部の勇者ふう(西部劇ならゲイリー・クーパーやアラン・ラッドが演ずるような)のゴルフをしたからである。打球がグリーンに近い大木の股にはまりこみ、さてどうするか、である。ワンペナを払って直下に落し、そこからピンを狙う。これが常識的な対応であるが、その真下がクリークだったらお手上げである。

 西部劇の役者でも、ジョン・ウェインやバート・ランカスターなら、悪党側の数名のガンマンに囲まれてもファンは安心して見ていられる。撃ち合いになれば、この二人は地面上を転回しながらピストルを連射して悪党どもを倒してしまうからである。しかし、クーパーやラッドなら、そういう安っぽい終結にしない。クーパーはガンマン数人を相手に必死に駆け回り、残り一人となったときに押さえこまれてしまう。もはやこれまで、新妻(グレース・ケリーが演じた)のいうことを受け入れて、保安官バッジを捨てて町を去った方がよかったのだが、単身悪漢どもに立ち向う自分に味方してくれると思ったのに、町民たちは、危険はご免とばかりに知らん顔だった。

 絶体絶命、死を覚悟したとき去ったはずの新妻が戻ってきて悪漢を背後から撃つのだ。そして抱きあう二人のところに町民たちが寄ってきて、保安官を続けてくれというが、保安官はバッジを地面に投げ捨て去って行く。

 この行為は、アメリカの市民社会のモラルとしてはやはり問題はあるのだが、中年の保安官を演じたのがクーパーであり、若い悪漢たちを相手に汗まみれになり息を切らして駆けずり回ったから、映画の観客たちに赦してもらえるのだ。

 もうひとりのラッドの場面はもっとわかりやすい。開拓農民の土地を通りかかったシェーンは、西部では貴重な水をたっぷり飲ませてもらい、農民の息子と口をきいたのち去ろうとするが、そこに土地狙いの牧畜業のボスが子分たちといっしょにやってくる。前から続けている土地を売れという強要交渉の続きである。農民はむろんことわる。そしてライフル(弾は入っていない)を手に、脅し続ける悪漢たちに必死に抵抗するが、悪漢たちが、妻と息子をかばう農民に力づくで迫ろうとしたとき、いったん姿を消していたシェーンが建物の陰から静かに姿を現わす。日本映画の旅人ものと同じで、服は汚れていてもガンベルトの銃身の長いピストルは、判るものには判る逸品である。そんなことがあって、旅の者にすぎなかったシェーンは働くことになり、最後に悪人たちの待ちうける酒場に独りで行く。迫力満点の決闘シーンは短いが、かれらを倒したシェーンが去ろうとしたとき、少年と声をかわし、人を殺した者には安住の地はないのだといって馬に乗る。その左肩には敵の一弾が命中しており、手当てをしない限りは倒れるはずなのだが、シェーンは町の墓地を横切って去って行く。原作は少年の目から描写した小説で、西部モノの名作だが、劇中のピンチに接したときのシェーンの身のこなしは実にあざやかなのだ。

 パーマーの身のこなしはゴルフの中のものだが、ピンチに動ぜず、木によじ登って股にはまりこんだ球をパターで突き飛ばし、深いラフに落ちた球をグリーンにのせてワンパットのパー。

 クーパーがゴルフをしたことはホープのゴルフ回想録に出ているが、片手シングルだったクロスビーやホープの敵ではなかったらしい。それはともかく、映画スターや大統領のアイゼンハワーとも親しくなったパーマーと違い、ニクラスは社交的ではなく、ゴルフそのものも堅実的だったから、大衆に
は不人気だった。口の悪い記者はオハイオ・ファッツ(肥満)と陰で呼んだ。球つきギャンブラーの映画の登場人物ミネソタ・ファッツ(ミネソタのデブ男)の転用である。とはいえ、ニクラスの実績からしても、彼の主催ゴルフはTVの視聴率も高く、出たがるプロも多い。

 松山の一勝は、メジャー以外の試合としては最高ランクの舞台だった。日本に戻ってきて宮崎の試合にジョーダン・スピースらを相手に勝ったが、これも評価の高い試合なのである。過去に米ツアーで勝った先輩三人に比べ、松山の実力は劣っていないが、それ以上に勝利運にも恵まれている。彼がそれを意識しているか否か、この先を考えるためにも個人的には知りたいのだが……。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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