連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

あるプロの殿堂入り

2015/3/4 21:00

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TVでゴルフ中継を見ていると杉原輝雄が解説していて痛快なコメントをしており…



 杉原輝雄というプロゴルファーをご存知だろうか。関西出身で、ツアーでは28勝を記録し、永久シード選手になっていた。永久シードというのは、前年の成績とは無関係にシード権を保有して、試合に出場できる権利をもつことである。たしか25勝した選手にあたえられるわけで、今では数名しかいないはずである。青木功、尾崎将司、尾崎直道は、その権利を有しているが、現実には、試合に出場しないことが多い。50歳以上のシニア競技に出る方が、同年齢の選手と戦うわけだから五分五分の勝負が可能だが、若い選手が相手では、実際問題として互角の勝負はできない。賞金王を争うような選手は、ふつうにクラブを振って、300ヤードは飛ばす。松山英樹や石川遼あたりならば、別にフルスイングをしなくても、それくらいの距離を出す。ニクラスは、半自伝的な「ゴルフ・マイ・ウェイ」の中で「飛距離はゴルファーにとって財産である」という。

 財産は、持っていないよりも、持っている方がいいに決っている。そして、持つにしても、少いよりも多い方がいいことも自明の理である。ごく普通にスイングしたとき、距離の出るゴルファーは、出ない人よりも財産家なのだ。300ヤードのホールなら、ワンオンする可能性のある人は、全力で振っても250ヤードしか飛ばない人よりも、はるかに有利、つまり財産家なのだ。

 むろん、ゴルフは球を飛ばすことを目的にする競技ではない。300ヤードを飛ばすことができても、方向が悪くて、グリーンわきの池に落ちたり、林の中に入ったりする場合は、財産にならない。飛距離がそのまま財産になるのは、方向性に狂いのない場合に限られるのだ。ゴルフは距離と方向のゲームであるが、どちらが大切かといえば、おそらく方向であろう。

 ずいぶん昔、というより、わたしがゴルフをはじめた頃のことだが、先輩の文人には洒落っ気のある方がいて、ゴルフいろはカルタを試作していた。「犬も歩けば棒に当たる」。とか「論より証拠」をゴルフにからませて作ってみようというわけである。しかし、実際に作ってみると、思うようには作れない。ただ、いくつかは合格点をあたえてもよい、と思ったものがあるという。その一つが、「塵も積れば山となる」のもじりである。

 この言葉は、もともとは「大智度論」(全百巻の大乘仏教の百科全書)にある一節から出たものとされている。わずかな物でも積り重なれば高大なものになることをいっているわけだが、ちりは俗にいうゴミではなくて、ささやかな努力のようなものをいうのである。で、先輩の考え出したもじりは「チョロも積ればオンとなる」であった。

 なるほど、これは「論よりショット」というもじりよりも、はるかに上である。チョロといってもいろいろあるが、数メートルのものであっても、方向が正しければ何回かのチョロでグリーンに届く。300ヤード飛んだとしても、池やOBに飛んだのでは、チョロにも劣るのである。

 といって、ティショットでチョロした人に対して、チョロも積ればオンになりますよ、という言葉は慰めにはならない。その言葉を口に出したときの言い方にもよるが、ひやかしと受けとって怒る人もいるだろう。

 ゴルフは基本的に独りでコースを回ることは、ほとんどない、といってもいい。もう10年以上も前になるが、取材でジャマイカに行ったとき、半日の余裕ができたので、コースに出たことがある。用具を借り、キャディをつけてもらってプレイした。フェアウェイからグリーンまでの距離とか見えないバンカーがあるかないか、そういった会話をかわすが、正直にいって、あんなにつまらないゴルフはなかった。試合に出るプロが独りでコースを回ることはあるが、それは試合に備えてのデータ集めを目的にしているから、コースをよく知るキャディと二人のラウンドでいいのである。

 アマチュアも試合の前のアマプロ戦で、プロといっしょにラウンドする場合があるが、わたしの体験からいうと、楽しいとは限らない。初めてプロといっしょに18ホールをラウンドしたのは、大橋巨泉プロアマ戦が行われていたときに、伊豆のゴルフ場で関西の若手といっしょだったのだ。そのコースが日ごろはプロの試合に使われているものではなかったせいもあって、同伴の若手プロは、翌日の本番に備えてメモを取りながらプレイした。

 それは当然だから、わたしの方も、質問したいことがあっても、口には出さなかった。つまり、楽しい会話をしながらのゴルフにはならなかった。

 杉原輝雄はその点で申し分のないプロであった。わたしがゴルフ雑誌に書いているものも読んでいて、なるほどと感じたことを話してくれた。そのあと、ゴルフのTV中継を見ていて、この人は並のプロではない、と思ったことが何回もあった。その一つは、尾崎将司がミスショットのあとに手にしたクラブで地面を叩いたとき、TVにゲスト出演していた杉原がすかさずコメントした。

「あれは、つまりクラブで芝生を叩くのはいけません。叩くなら自分の頭を叩けばよろしい」

 あるいは雨のプレイになって、青木功がグリーン上の自分の球を、乾いている方へ移そうとしたとき、同伴競技者の杉原が、青木に対して「移さなくたってそのままパットできるやないか」といった。青木は球を移さずにパットした。尾崎や青木に対して、こういうことをいえたのは彼一人だったのだ。

 そういう杉原が日本のゴルフ殿堂に入ることに決したというニュースが新聞に出た。彼のツアーにおける最後の予選通過が68歳311日だった、と新聞にあったが、3年前に74歳で亡くなった。殿堂入りは遅いかもしれないが、まァ、いいじゃないですか、といいたい。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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