ベン・ホーガンが全英オープンに勝った方法を見習って日本の若いプロはマスターズの前に、渡英してみては…
イラスト=松本孝志
初対面の方とラウンドしているときに、趣味は何か、という話になることがある。そういう状況以外でも、身上調書めいた文書を出すことになり、そこに「趣味」の項目があって、その回答を求められることもあるが、ゴルフは趣味の範囲内に入るものだろうか。当りさわりのない回答としてなら「囲碁」「将棋」などが穏当だろう。わたしの場合、碁も将棋もアマの有段者なのだ。「段」というのは、技量の格付けで、職業とするプロならば、初段から九段までの九階級ある。段の下に「級」を設けていることもあるが、それを職業とするプロの階級であって、その場合は「段」とは違って初段に近い一級が最上で、二から六までの級につながるのだ。ただし碁の方では、プロでは正式に「級」は使われない。
ゴルフは技量の格付けには、ハンデキャップが用いられている。このシステムはきわめて合理的な決め方である。また、碁将棋では獲得した段位が下に落されることはない。いったん初段をもらった人は、下手になったからといって下位の級に下げられることはない。それはプロも同じで、初段から二段さらに三段になった人が、初段に下げられることはない。ゴルフは今ではほとんど使われていないが、プラスハンデ制があった。つまりプラスハンデが3の人は、パー72でプレイしても、3オーバーのスコアになるのだ。
以前はプロでもこのやり方が使われた時代があった。月例競技会があって、そのときはハンデ制が用いられたのである。ただし、これは日本だけで、アメリカでは使われなかった。ハンデが欲しいものはプロにはなるな、というわけである。また、将棋界では、女子は男子とは別枠での対局があるが、男子枠に入って好成績をあげて四段に進むことはない。また将棋は段位とは別にA級B級C級があって、B級C級は「名人」のタイトルに挑戦できない仕組みである。また「名人」のタイトルは江戸時代からのもので、現在は他のタイトルがあっても、別格の存在として扱われている。
関西の坂田三吉が関東の木村義雄名人に挑戦したときは、日本じゅうの将棋ファンの注目を集めた。一日に五、六時間、結局は何日もかかって一局を打った。碁の方でも本因坊秀哉が雁金準一と対局したとき一局に何日もかかった。今では考えられないことである。
時間の点では、ゴルフも碁将棋に劣らない。4日間72ホールの成績で決める。前は翌日に18ホールのプレイで決めたが、今では、そのままサドンデスで決めることが多い。皆さん、忙しいのだ。というよりは、試合をするプロゴルファーの方がぎっしり予定が詰まっていて、その日のうちに終りにしたいのだ。観客のわれわれの方が、翌日になっても何とか時間をやりくりしてゴルフ場に行くことができる。そうでなくても、TVやビデオでも試合ぶりを見ることは可能である。
個人的な感想だが、試合の実況中継の利点の一つは、同時進行のドラマを体感できることだろう。青木功がニクラスと全米オープンで激闘をくりひろげたとき、わたしはTVの前から動けなかったことを覚えている。
予選の2日間は青木、ニクラスと全米オープンに勝ったことのあるプロをまじえて三名のラウンドがあり、3日目4日目が青木、ニクラスの、あたかもマッチプレイのような試合進行だった。予選の成績のせいで、そういう組合せになったのだ。ニクラスはそのあともマスターズで勝ったりしたが、この日の青木とのマッチプレイ的な試合は、彼のゴルフ人生の中でも忘れ難いものだったに違いない。プロゴルファーがこのさきメジャーで勝つことができれば、それは日本の男子プロにおける最初のメジャー勝者としてゴルフ史に残るだろうが、そのときの相手が誰か。
ジーン・サラゼン、ベン・ホーガンなど米国出身の名手は多いが、ニクラスがそれらの名人たちの一人として人びとの記憶に残ることは確実である。彼のメジャー18勝はタイガーによって破られるだろうと思っていたのだが、もはや不可能だろう。14勝でも大したもので、今の若いプロたちから後継者が出る可能性はかなり低いのではあるまいか。
トム・ワトソンが全英オープン5勝、マスターズ2勝、全米オープン1勝だが、全米プロにはついに勝てなかった。今の若手ではジョーダン・スピースがマスターズと全米オープンに勝っているが、彼のゴルフは全英オープンにはどうも適していない気がする。ベン・ホーガンは一回だけ全英オープンに出場してきちんと勝った。先輩のジーン・サラゼンにいわれてホーガンは渡英し、キャディも紹介してもらい、一カ月前に着いて何回もラウンドした。それだけの準備をしたからホーガンは勝てた。
カヌスティというそのコースは、セントアンドリュースよりも北にあり、手ごわいコースである。わたしも1回だけ回っているが、パーを取れたのは1ホールだけだった。第3打がピン1メートルに乗ったのだ。日本の若いプロが米国を目ざすのはいいとして、オーガスタでのプレイは難しい。招待のリストに名前をのせてもらうのは何とかなるとしても、試合で翌年の招待枠に入る成績を残すのは難しい。
ボビイ・ジョーンズは、オールドコースとカヌスティを意識してオーガスタを設計したというから、マスターズに出る前にスコットランドに行き、オールドコースよりも混雑しないカヌスティを10ラウンドくらい回ってみるといいのではないか。それをすれば、オーガスタなんて楽なコースに感ずるに違いない。試合の前しかプレイさせないオーガスタに勝つには、ジョーンズが参考にしたこの両コースを徹底的に回って克服するのも、一法ではないだろうか。
三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けている作家。
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