連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

ゴルフの合い間に

2016/9/1 22:00

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ゴルフ経験のなかった新聞記者時代、ゴルフ大会の取材を手伝えといわれたことがあり…
イラスト=松本孝志



 ゴルフをはじめたきっかけは、人によって違ってくる。それこそ千差万別といえると思うが、もっとも多いのは、先輩に勧誘されてという理由ではないだろうか。この「勧誘されて」という表現にしても、その実際の状況は決して簡単ではない。学校の先輩ならばわりあい単純だが、会社の上役であるとか、取引先の人で年齢は同じくらいでも商売に関しては教えられることが多いとか、要するに、自分の考えを自由にいえない状況であるなら、ゴルフは苦行になりかねない。

 ゴルフというスポーツは、いや、スポーツには違いないとしても、相撲のような体力を基本にして勝ち負けを争うものではないから、やはり楽しいことが第一である。ゴルフボールをクラブを振って打ち、最終的にホールに沈めるまでの打数によって勝負を決める。それも18ホールの合計で争うから、歩かずにカートを利用するにしても四時間くらいはかかる。また、基本的には相手は一人から三人までだが、仲間の集りならば、そして状況が許すならば五人一組でプレイしても構わない。正式の競技として行われるゴルフ会でなければ、あまり細かいことにこだわらない。そのあたりの自由さが多くの人に受け入れられる理由だろう。

 学生時代の仲間が集ってのゴルフ会は、その種のゴルフにおいても楽しい集りの一つだと思うが、現実にはあまり長くは続かない。学校生活にもいろいろあって、中高と大学とではやはり違ってくる。つまり、大学へ行った人とその前に社会人になった人とでは、ゴルフをプレイしているときに、何となく話がかみ合わなくなる場合があるのだ。

 あるいは、大学までは同じであっても、卒業してから入った業界や仕事によって、状況が変ってくる。わたしは、小説を書いてそれを本業にするまでは新聞記者をしていた。
このパターンで作家になった人はわたしの時代まではかなり多かったのだが、今はどうなったか、はっきりしない。もともと新聞記者という仕事そのものが、以前よりも学生の間で人気がなくなってきているらしい。日本経済の状況にもよるが、わたしの頃は十人採用するのに八百五十人も入社試験を受けにきたのだ。八十五倍であるが、本当に記者になりたかったものはおそらく百人もいなかったろう。それでも十倍の計算になる。新聞社の給料がほかの業界よりも上だったわけではない。一言でいえば、職業としてスマートに見えたのではあるまいか。

 わたしがゴルフをはじめたのは四十代の半ばだった。それも出版社の編集部員にすすめられて、はじめは心の中で(どうも面倒なことになってきたな)と感じていた。ゴルフがどういうものかは知っていた。それは記者の仕事と多少はつながりがあったのだ。つとめていた新聞社が主催する側に入り、世界大会というべき試合を日本で開くことになったから、それを手伝え、というのだ。わたしは、ゴルフをほとんど知らなかった。ただ映画館でニュース映画を見たときに、プレイヤーのショットの場面と勝ったときの手を挙げたシーンを見ただけなのである。

 要するにゴルフの何たるかを知らないわけだから、手伝えといわれたって実際に何か役に立つ仕事ができるはずもない。で、それを上司にいうと、ゴルフのことを書けというわけじゃない、見物人がたくさん集ってくるからそれらの雑観を書け、という。雑観というのは、例えば鉄道事故が起きて人びとが集ってきたときに、事故そのものよりも、集った群衆の中に入り、人びとが何をいっていたか、どういう反応を示したか、本筋以外のサイドニュースを集めて記事にまとめろというわけである。ゴルフを記事にするのはどうも扼介だな、と思ったが、実際にはその取材には行かなかった。というのは、別の事件で手伝ってもらうことになるから待機しろというのだ。それで待機したわけだが、夜十時ごろになって帰宅してよい、といわれた。新聞社にはよくあることで、食堂に行ってラーメンを食べてから帰宅した。ゴルフ関係の仕事はその前に他のものが指名されていた。

 もしもそういう出来ごとが起こらずに、わたしがゴルフ大会の仕事をしていたらどうなっていただろうか。

 その大会にはアメリカからサム・スニードがやってきたし、南アからゲイリー・プレイヤーが参加した。

 ゴルフを全く知らないわたしが、いわゆる雑観記事をまとめるためにゴルフに接していたらどうなっていただろうか。当時のわたしはゴルフに対する理解は皆無に近かった。コースに行き、各国からきた選手のプレイを現実に見ているうちに、何か感ずることがあって、よし、おれもやってみよう、という気になっただろうか。それとも逆にこんなことで時間をつぶすのはもったいない、と感じただろうか。現実にわたしがゴルフをはじめたのは、それから二十年近い歳月が流れてからである。その間、わたしの時間つぶしの多くはマージャンだった。わたしは暇さえあればマージャンをするタイプではなかったが、下手ではなかった。

 仲間と北海道へ二泊のゴルフに行き、プレイのあとにマージャン卓を囲んだ。どう考えてもバカげた時間の使い方をしたのかもしれない。つまり疲れるために旅行したようなもので、その時間を読書に充当した方がよかったのではないのか。読むつもりで買ったり取り寄せたりした本がツンドクになっているのに…である。といっても、それは現在でもさして変りはない。積まれたままの本の厚さは、そのころも現在も似たようなものである。その中には、アメリカ旅行中に買ったゴルフ関係の本も何冊もあるのだが…。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けている作家。

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