連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

人生の味

2015/12/2 22:00

  • LINE
ゴルフ観戦の楽しみは、その妙技を見ることだけでなくアンラッキーな状況やピンチの場面で選手が…



 厳密な意味では初対面ではなかったが、こちらの職業などは知っている人から、会話をはじめて間もなく、こちらの趣味は何かと訊かれて、答えに手間どったことがある。新聞社や通信社から身上調査書めいたものが届いて、その中に学歴や家族のこと以外に、趣味の項目があって、碁、将棋などと書いたことはあったが、その種の書面質問に対してどう答えようと、それに続けてさらに質問されることはない。しかし、面と向っての対話では、

「碁はいいですね。わたしも好きで休みの日には近くの碁会所へ行くんです。で、どれくらいお打ちになりますか」

 などとなおも聞かれると、答えないわけにはいかない。わたしは、旧制中学三年生のときに亡父から碁を教えられ、そのあとわが家に寄宿していた親類の碁好きに鍛えられた。彼は亡父よりもかなり上手で、アマチュアの初段の実力はあったと思う。戦争が終って間もないころで、彼は軍隊から復員し、仕事を求めて上京してきたわけだった。昼間は就職活動をしていたが、夜になれば帰ってきて、食事のあとに碁盤を持ち出すのである。仕事は間もなく見つかったものの、家族を呼び寄せるためには、妻子五人が住める家を必要とする。東京や横浜は焼け野原だったから、なかなか住宅は見つからなかった。

 結局五カ月はわが家にいたのだが、週末にはわたしと碁を打つ生活が続いた。驚いたことに、彼が上京してきた家族と住む家を見つけてわが家を出たときに、わたしの棋力は彼に追いついていた。ということは、わたしが亡父と対局するとき、四子を置かせることになったのだ。碁をご存知ない方のために説明すると、これをゴルフに例えれば、18ホールでハンデキャップ4の差というくらいになる。わたしたちアマチュアは90で回れば、つきあいゴルフなら合格である。そのとき亡父のスコアが94なら引きわけという計算だが、ゴルフのスコアは、碁の段位よりもはるかに不確定である。10回のラウンドで、85から95でプレイできる人は、かなり安定した実力の持ち主といってもいい。碁の場合は、四子を置かせる人、あるいは四子を置く人は、十局打って五勝五敗の成績なら、そのハンデは適正である。ところが、実際には、そのハンデ通りに五勝五敗にはならない。

 以前、碁のプロの名人、本因坊のタイトルを持ったことのある兄弟弟子二人から若いころの話を聞いたことがある。同じ棋力であったのに、一番手直り(一局ごとにその勝敗で、ハンデを増減させる)で打ち出したら、負けた方が熱くなってしまい、九連敗して置き石が九子になってしまったことがあったそうである。

 ゴルフも1打のミスで、ガタガタ崩れることがある。それはプロもアマも同じで、バーディチャンスだったのに最初のパットを強く打ってしまい、返しもミスしてパーどころかボギーになってしまった経験は、どなたもお持ちだろう。碁の場合の一番手直りというやり方は、ゴルフの1打のミスによるハンデの増減よりも、はるかにきびしい対局条件になってくるのだ。

 碁は一局の手数で平均二五〇手くらいだから、アマチュアなら一時間くらいで打てる。しかし、熱くなってくると、一局打つのに二十分あれば打てる。将棋は王様が詰まされれば終局になるし、碁は大石が死ねば終局となるが、それはアマチュアの話であって、プロは丸一日かかる。大きなタイトル戦は一泊二日で打つのがふつうである。その点、半日あれば三局は打てるアマチュアは気楽だし幸せなのだ。

 ゴルフは、プロもアマチュアも18ホールをプレイするのに、さほど大きな時間差はない。カートを使ってプレイしても18ホールを一時間で回ることは不可能なのだ。また時間にせかされて小走りにラウンドするのも楽しくない。それに何かに追われるようにゴルフをしたって、気分転換にならないし、骨折り損のくたびれ儲けでこんなにバカげたことはない。

 碁将棋とゴルフと、形式上は全く異質のゲームであるが、実は、自分たちで試合をする楽しみだけではなく、もう一つの楽しみがある。これは、全ての競技についていえることだが、観戦する楽しみである。お隣りの中国では、碁のような試合はスポーツ部門に含まれているが、それは「体力」の勝負の内面に目に見えない「知力」の勝負を含めているからなのだ。

 スピードを競う試合は、水陸を問わず100メートルにしろマラソンにしろ、時間を計測して勝負を決めるし、重量物を持ち上げる能力や体重の差によって決める競技も多い。ある意味ではバカげているのだが、結局は人間の体力によって優劣を決しているのだ。実に単純であり、それ故に観衆にもわかってもらえるから人気が出る。ゴルフはその点で体力の優劣だけではなく、知力や経験の差も勝敗の決め手になる。そこに観戦という楽しみが加わってくる。むしろ人気スポーツの楽しみは、自分でプレイするよりも、見る楽しみの方が大きいのかもしれない。ことにゴルフは、観戦の楽しみに関しては多くの競技の中で上位に入るだろう。

 第2打地点にきた選手がボールのライを目にしてガックリした様子を見るのも、選手には悪いが、おもしろいことはおもしろい。ボールがキノコに乗っかっていたりすると、選手には気の毒だが、見る方としてはおもしろい。あるいは選手の表情やつぶやき、ことにボヤキは聞きのがせない。人間の内在する弱さが出てしまうからで、これは他人の不幸を喜んでいるわけではない。

 人は誰しも弱さを持っている。どういうときに、それが出てしまうのか。

 ある意味で人生の勉強になるといってもいい。弱いのは自分だけではない、とわかることによって、起き上がれるし希望を持つこともできるし、さらに他人の悲しみもわかるようになる。ほんの少しだろうと、ゴルフによって人生の味を知ることができるのだ。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けている作家。

テーマ別レッスン

あなたのゴルフのお悩みを一発解決!

注目キーワード
もっとみる