イラスト=北沢夕芸/写真=前田俊二
ハローエブリバディ!いつも“喝っ!”なことばかり吠えているわたしですが、今月は、連載開始以来おそらく初の…。
松山英樹と石川遼。ゴルフ界を引っぱっていく若きリーダーふたりの決断に、アッパレ!!
なんのことだって?3年ぶりに開催される「ワールドカップ」に二人での出場を決めたことです。
ワールドカップといえば、サッカー同様、今年、復活した五輪と同じ位置づけの国の代表戦。1953年に始まって以来、名だたる名プレイヤーたちがタイトルを獲りに来た。
60年代はアーノルド・パーマーとジャック・ニクラウス組、92年からは4回連続で優勝した最強ペア、フレッド・カプルスとデービス・ラブIII組で大いに盛り上がった。このころは米ツアーが一気に成長したときで、95年にNHKが買ったように放送権のバリューも上がった。そしてその真っ最中の96年にタイガー・ウッズがデビュー。97年以降、タイガーとマーク・オメーラ組、2000年にタイガーとデビッド・デュバル組が勝ち、盛り上がりは最高潮に。当時は各国、ワールドランキングのトップ2が出場していたから、「よし、アメリカをやっつけよう」と、他国もベストメンバーで立ち向かった。そして01年の日本大会では南アフリカのアーニー・エルスとレティフ・グーセン組が奪還。02年はなんと伊澤利光・丸山茂樹組が優勝しちゃった。
ところが、その直後、出場試合数を制限し始めたタイガーが出なくなったことにより、「最強のヤツがいないのに、出てってどうすんだよ」って感じで各国のゴルフを引っ張る選手が出場しなくなり、ワールドカップは廃れていってしまった。まさに、ワールドランキングのトップ選手が出なかった今回の五輪と同じ構図ですよね。
そして、松山も五輪に出場しなかったひとりだったわけだけど、彼のハートの中にはおそらく、自分が日本のゴルフ界のリーダーでなければいけないっていう決意がある。だからいまいち盛り上がらなかった五輪ゴルフの罪滅ぼしじゃないけど、ワールドカップには一緒に米ツアーで戦う同級生かつライバルの石川遼をパートナーに選ぶことで、ちょっと下降線にあるゴルフ界に、種をまきに行く。行かなきゃいけないって思っているんじゃないかと。
今までは自分のことで精いっぱいだったかもしれないけれど、そう考えたってことは、日本のリーダーとしての自覚と余裕も出てきたのでしょう。ゴルフの技術だけじゃなく、ゴルフ界を引っ張っていこうっていう部分でもね。
そのことに目覚めてくれたこと、そしてその思いに石川遼が応えたこと。これはわたしたち日本のゴルファーにとって本当に大収穫だったと思うのです。
名実ともに世界レベルの松山英樹が覚醒。同級生、石川遼と共に下降線をたどる日本のゴルフ界を慮るアクションに光を見た!
ワールドカップ3年ぶりに開催
11/24~27、オーストラリア「キングストンヒースGC」で58回大会が開催。28カ国(地域含)のペアによる対抗戦だ。世界ランク上位者各国1人が出場権を得、パートナーとして自国の選手を指名できる。松山は石川を指名し、石川も合意した。
タケ小山
本名=小山武明(こやま・たけあき)/1964年生まれ。プロゴルファー、ゴルフ解説者。テレビ「サンデーモーニング」(TBS)ほかラジオやコラムニストとしても活躍。東京都出身。
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