連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

アンカリングについて

2014/1/20 21:00

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往年の名手ベン・ホーガンもサム・スニードもショットではなく、グリーン上での悩みが深刻で……



 耳慣れない外来語だが、アンカリングの禁止は長尺パターを使用するゴルファーにとっては、今や無視できない話である。英語のアンカー(anchor)の動名詞で、船に用いる錨(名詞)、錨を下ろす(動詞)ことである。リレー競技の最後の走者をアンカー(名詞)というのは、しめくくりの役をつとめるからで、放送番組の総合司会者をアンカーマンというのも同じ感覚である。動詞として使うと総合司会をするの意味になるが、ゴルフの場合は、パターのグリップの先端を胸に押しつけるようにして固定する動作の意味になる。船が錨を下ろして波に流されないようにする仕組みと原理的には同じだからだ。


 長尺パターは、基本的には錨を下ろす原理の応用といっていい。ふつうのパターは、球に当てるヘッドの形状に関しては、さまざまなくふうがこらされてきた。20世紀の初頭ではロングアイアンのヘッドに似た形で、どれもこれも大差はなかった。グランドスラムを達成したボビイ・ジョーンズが愛用したパターには、彼がカラミティ・ジェーンという名称をつけた。カラミティ・ジェーンは西部開拓史上に名を残した女性で、拳銃の名手だったといわれている。生れた年月についてはいろいろ説があるが、亡くなったのは1903年8月2日で、彼女の恋びとだったと伝えられるワイルド・ビルの命日と同じだった。カラミティは災難の意味だから西部の女傑にふさわしい名前とはいえないが、それには理由がある。先住民との戦闘で全滅しかけていた騎兵隊が、カスター将軍の斥候をしていた彼女の働きで救われたとき、隊長が、自分たちを災難から救ってくれたミス・ジェーン、と呼んだことで、この名称がひろまった。

 ジョーンズのグランドスラムは1930年だが、前年の1929年1月にロサンゼルスで80歳の生涯を閉じた西部の英雄がいる。ワイアット・アープである。当時の映画や小説で彼は有名人だったし、葬式には多くの映画スターが参列した。ジョーンズが愛器のパターにカラミティ・ジェーンと名づけたからには、西部の物語も知っていたに違いない。名手ジョーンズを倒そうとして腕に覚えのあるゴルファーたちが群がるさまは、西部劇に似ている気がするのだが。

 それはともかくパターのカラミティ・ジェーンは似た品が作られたが、ベストセラーにはならなかった。ニクラスが最後にマスターズに勝ったときに使った大きなヘッドのパターは一時的に売れて、わたしの友人も買ってきたが、3ヵ月もしないうちに使わなくなった。それまでの形状と違った形のピンが登場してすぐにベストセラーになったのは、アマチュアが使っても現実によく入ったからだろう。パターの名手として定評のあるベン・クレンショーが二度目のマスターズに勝ったあと、彼が少年時代から愛用しているパターと同型の品がやはり売れた。また近ごろは、ヘッドの形で見たことのないようなもの(例えばカニみたいな形)が出ているが、ピンが出現したときほどの斬新さは感じられない。

 要するに、ヘッドの形状について多くのアイデアが盛りこまれてきたが、基本は、パターがバランスよく動くこと、かつヘッドのスイートスポットで球を打てるものにすることである。その条件をみたしていれば名器といっていいのだが、現実には使うゴルファーが不器用であると、球はカップインしてくれない。またプロアマをとわずイプスに悩まされる人は、スムースにヘッドが動かない。練習グリーンなら50センチが入っても、本番になると、手が動かなくなるのだ。

 少年時代からさまざまな困難に耐えてそれを克服したベン・ホーガンは鉄人といわれた。交通事故で重傷を負ったあと、手が動くようになると、まずクラブを握ってみることからスタートして能力を回復した。プロとしてジーン・サラゼンにつぐグランドスラマーになった。今でもアイアンに関してはニクラスもタイガーもホーガンには及ばない、と評価する人は多い。前にホーガンが80歳を過ぎたあとに練習場で打っている写真を見たことがあるが、シャフトが垂直に立ったダウンスイングの見事さに感心した覚えがある。それなのにホーガンが50歳すぎに引退したのは、グリーン上で悩むことが多くなったからだった。つまりイプスで手が動かなくなったのだ。同じ年齢のサム・スニードはやはりパットで悩み、構え方と打ち方をくふうした。球の横にかがみ、左手でグリップし、右手でネック周辺をたもち、球をカップの方へ押しやるようにパットするのだ。

 これに対してUSGAが異議を申し立てた。ゴルフはクラブを振って球を打つゲームであるから、スニードのサイドサドル・スワイプは駄目だ、というのだ。サイドサドルは婦人用の馬の横鞍のことで、スワイプがつくと、クリケットなどの撫でるように横打ちをする意味になる。

 スニードはこのやり方をやめたが、長尺パターのグリップを胸やあごに押しつけて支点を固定するのは、通常の両手をくっつけてパターをグリップするやり方よりも幾分か有利かもしれない。つまり両手グリップが緊張してブルブルふるえるイプスが起こらない。しかし、スニード方式が禁止されたようにアンカリングが16年から禁止されると、アダム・スコットやシニアのフレッド・カプルスはどうするだろうか。これまで禁止していなかったのにおかしいぞ、という意見も一理はある。

 日本でもシニアに多い長尺派はどうするのか。前に尾崎直道から、もう通常のパターは使えなくなった、と告白されたことがあるが、TVで見る限り彼も長尺オンリーになっている。わたし個人としては、長尺を使う気はないが、ゴルフの先人たちはショットとは別のゲームであるパットに苦しみ、スニードのように苦しんだのちに克服し、歩けるうちはゲームに出てファンを楽しませた人もいる。それは試合で賞金に直結するパットをする必要がなくなったことに関係があるのではないだろうか。

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