連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

あらためて心技体を

2014/4/24 21:00

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リオのオリンピックのゴルフで日本人が活躍するには選手選びが大事なことはもちろんだけれど……



 スポーツにはいろいろな競技種目があって、似たものと全く異質のものとがある。例えばサッカーとラグビイは親類という感じがするが、ゴルフとアイススケートとは共通点は何もなく、アカの他人同然といっていい。

 では、すぐには思いうかばないが、ゴルフに近いスポーツは何かあるだろうか。

 スポーツはどういう種目であっても、選手のすることは大差ない。練習を重ねて体と技をきたえ、誰がもっともすぐれているか、あるいは強いか、それを競うことになる。一定距離をもっとも短時間で走ったのは誰か。あるいはどれほど重いものを持ち上げたか。高く飛んだか。それが数字になってあらわれるから簡単明瞭であり、ゴルフなら72ホールのスコアによって決定される。マッチプレイによって決める方式もあるが、72ホール方式が普通である。全米オープンでタイガーとロッコ・メディエイトは、4日間72ホールで決定せず、次の日に18ホールを戦い、それでも決着がつかなかったものだからサドン・デス方式に移行した。皮肉なことに1ホールでロッコがボギーを出して負けた。タイガーは3日目後半から骨折した足をひきずりながらプレイした。スキャンダルが表面化する前で、圧倒的な人気があったころだったが、それでもロッコを声援するギャラリーの声がマイクに入ってきた。「判官贔屓」は日本の史実によって生れた言葉で、その由来を外国人に説明するのは厄介だが、日本人には、源義経を応援する心理をいうのだといえば、わかってもらえる。義経は将軍になった兄の頼朝に憎まれ、奥羽まで逃げた末に討伐されてしまう。その史実から、弱い者に対する第三者の同情や応援したくなる気持を判官贔屓というようになった、と大半の辞書で説明されている。

 ロッコはメジャー競技に勝っていなかったし、普通の試合も5勝だったから、メジャーだけでもロッコの倍以上は勝っているタイガーは強者そのものだった。しかし、原則的に欧米人は強者を賛美し、弱者を応援することはしない。かれらに、判官贔屓の心理を説明しても、なかなか理解してもらえない。わたしは、文筆家の集りである世界ペン大会に何度か出ているが、この話が出ると、弱い方を応援するのはそれなりの理由があるはずで、友人とか親類でもないのにどうして応援するのか、さっぱりわからないといわれることが多かった。

 実は、2月中旬のソチの冬季オリンピックのTV中継を見ているうちに、2年後のブラジル大会で正式競技になるゴルフの日本代表をどういう方法で選出するのか、石川や松山は出たいというだろうか、スキーやスケートは、国際大会に参加してある程度の成績をおさめたものでなければ出場できないが、ゴルフもそうなるのか、などと考えることがつぎつぎに出てきた。といっても、TVを見続けたわけではなく、男女とも羽生結弦や浅田真央のフィギュアスケートを見ることが多かった。

 浅田の団体戦の転倒はともかく、個人戦初日の転倒にはびっくりした。4分間のプレイ中の最終段階の転倒ならまだしも、開始してすぐ最初のジャンプだったから、それ以後は心理的に立ち直る余裕もないままに時間が終ってしまった。ところが2日目、浅田はすばらしいスケートを見せた。結果として1、2位の外国選手よりも低い点数になっていたが、それは審判連中のミスであることは誰の目にも明らかだった。ただ、前日の点数が悪すぎたために、3位までに入れなかったにすぎなかった。

 どうして浅田は一晩で立ち直ることができたのか。

 終ったあと上を向いた浅田の目から涙がこぼれた。そして万雷の拍手を浴びて控えに戻ってくると、嬉し涙がこぼれた。翌日の新聞各紙にはさまざまなコメントが掲載された。コーチが浅田を送り出す直前にいった言葉、姉が前日のミスのあとにかけた電話、それが慰めではなくて叱りつけるような言葉だったこと、あるいはスタートする直前まで不調をひきずっていたが、突然に霧が晴れたように無心の境地になったことなどが各新聞ともあれやこれや書いていた。要するに、浅田は「心技体」の心に生じていた故障を修復することができたので、見事なスケーティングを披露できたという結論なのである。

 ゴルフの場合、ドライバー、アイアン、パターの中で、スコアを決めるのは何かといえばパターの出来不出来だろう。ドライバーの不調もアイアンの失敗もパターで何とかミスを回復できる。しかし、パットで失敗したらもう回復する方法はない。一般にパッティングの巧拙は、傾斜やラインの読み、ボールの打ち方によって決まってくる。同時に重要な要素はパットするときの精神状態なのだ。10センチなら関係ないが、50センチのパットは、何か別のことを考えていたらミスする可能性がある。全米オープン3勝の記録をもつヘール・アーウィンは、全英オープンで30センチを空ぶりして1打の損となり、プレイオフに残れなかったことがあった。ただし、心技体の重要さは全てのスポーツに共通する大原則といってよい。

 ブラジルのオリンピックに誰がゴルフの代表になるか、どうやって決めるのか、ゴルフファンは関心をもつが、わたしの考えをいうと、選手はもちろん、誰が監督やコーチになるか、それが決め手になると思う。

 名選手が名監督(あるいはコーチ)になるとは限らない。日本のスポーツ界は、指導者選びに選手時代の実績を第一にしがちである。それが間違いのもとだが、タイガーが超一流になれたのは、父親の存在によってつねに「心」の平安が保たれていたからだった。

 また、心の平安は技術の裏付けを必要とするから、その面での適確な指導をするコーチが重要である。石川も松山も早くすぐれたコーチにめぐり会うことがこれからの成績につながるはずである。日本のゴルフ界はとかく先輩があれこれ口を出す傾向があり、後輩の選手もそれに対して反抗はしにくい。まして政治家が愚かな口出しをするのは、本当に不思議な光景というしかない。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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