連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

基本に対する接し方

2014/7/15 21:00

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中部銀次郎氏と対談するためにいっしょにラウンドして気がついたこととは……



 中部銀次郎というゴルファーは、アマチュアでありながら、アマチュアらしからぬゴルフをする人だった、と書くと、プロのようなゴルフ、あるいはプロそこのけのゴルフをしていた人という意味かといわれそうだが、それも実は正しくないのである。そのゴルフ歴は、10歳のときに父君から手ほどきを受け、10年後1962年大学生のときに日本アマチュア選手権で優勝し、それから1978年までに合計6回の優勝を記録し、その間に瀬戸内海オープンという試合でプロを負かした。あるいは、世界アマ選手権に日本チームの一員として出たし、試合に出なくなってからも、青木功や中島常幸らから、いっしょにラウンドしてくれと依頼されたりした。要するに、プロの側からその日のプレイについて感想を求められるわけである。感想というのは、具体的にいうと、例えばパー3のホールで入れてはいけないバンカーに入れてしまったショットミスは何が原因だったろうか、という問いであり、それについての答えを求めるわけである。

 もちろんトップクラスのプロが、自分のミスの原因について見当がつかないはずはない。スタンスの微妙な狂いに気がつかぬままにショットしたとか、グリップが甘かったとか、自分でもわかっているが、その確認を求めて質問したまでのことなのだ。つまり、ショットを見る目の確かさがトッププロからも信頼されていたわけである。

 その程度のショット分析は、何もアマの中部に聞くことはない、プロ仲間に聞けばいいじゃないか、といわれそうだが、現実には、そのあたりがデリケートなところで、互いにプロとしてのプライドや意地がからみあうから、虚心坦懐のやりとりができないらしい。

 プロがコーチを必要とするのは、実はこの点にあるといってよい。もちろん、スイングを改造したりパッティングの不調を客観的に訂正してもらったりする役をコーチに求める意味もあるが、試合ではライバルになるプロ仲間にアドバイスを求めるのは難しいわけである。その点で、中部銀次郎というトップゴルファーとは接しやすかったわけだし、中部銀次郎が折り目正しい人柄だったことも作用したとみてよい。

 わたしの個人的な体験をいうと、彼といっしょにラウンドしたのは1980年代のことで、週刊誌で対談するために箱根のコースでラウンドし、そのあと夕食を共にしながら約3時間ほどゴルフについて語り合った。その前に彼がよく行く渋谷の小さな店で飲食し、わたしの近作を2冊手渡した。

 ゴルフの間は、その本の感想を聞くとか、ゴルフ関係の著作、例えばベン・ホーガンやニクラスの本などを読んだことがあるか、とはいわなかった。そして、コーヒーが出たあと、そろそろと編集の人がいってから対談に入った。

 その日の彼のゴルフは、バーディもあったが、ボギーも出たし、結局は2オーバーで快心のゴルフではなかった。わたしの方は初めてのコースだったから、90を切れないスコアだった。それはともかく、わたしは初めにこういった。

「きょう一日18ホールをいっしょに回ってわかったことがあります。それは、最初から最後までアドレスの形がきちんと決まっていて、全く乱れなかったことに感心しました。つまり、ゴルフショットの基本はアドレスだ、という考えなんですね。そして、あなたのゴルフはゴルフの基本を忠実に守ることで、ある意味ではとてもわかりやすい」

 確かめたわけではないが、わたし以前に誰かとプレイしてから対談したことがあったとすれば、おそらく相手から、きょうは見事なプレイでしたね、とか、さすがに日本アマ6回優勝のゴルフ、ほとほと感心しました、などと賛美の言葉を聞かされることが多かったはずである。

 だが、そんなほめ言葉は彼の心には何も響いてこなかったに違いない。つまり、ゴルフプレイに必要な心構えは基本を忠実に実行することである、と考えている人間には、上達の近道はないようなものである。結局、週刊誌では22回の掲載になり、話し合ったのは5回になった。近くの練習場に行き、ボールを何箱も打って、食事しただけで互いに疲れて帰宅したこともあった。あるいは、仕事としての対談が終ったあと、伊豆の新しいコースの視察プレイに行ったこともあった。そのほかゴルフとは関係なくマージャンをしたこともあったが、ゴルフとは違って基本に忠実なマージャンではなかった。また、わたしのゴルフ仲間や出版関係者に頼まれていっしょにプレイしてもらったことも何回かあった。

 あるコースでのことだが、パー3ホールで、彼のボールはグリーンをはずしてバンカーに入った。ピンまで約20メートル。しかし、出すだけならグリーン中央まで10メートル。つまり、グリーンエッジをストレートではなく、斜めに横切る形で距離を出してピンそばに止めるのは難しい状況である。

 対談でプレイしていた間は、バンカーに入ったときは出すことを第一にしていた。そんな場合は「あなたならピン方向に出せたでしょうに」

 というと、ややきっとなった感じで、

「やれるかもしれませんが、バンカーショットは、確実に出してグリーンにのせるのが基本です。そもそも入れたのが悪いわけです」

 といったのである。

 そんなことがあったから、難しいバンカーショットを考えている様子の彼に、やるわけ? と声をかけると、にやっと笑い、遊びです、といってからショットした。そしてピンそば50センチ。わたしが、基本を無視するのも楽しいね、といったものだから二人で大笑いしたのだった。

 ゴルフというのは実に不可解なところのあるスポーツである。だからこそ、上手下手の関係なくアマチュアのわたしたちが心を惹かれるわけだが、それを職業にするプロゴルファーにとっては、不可解な一面がおもしろい、とはいっていられないだろう。それより、基本にはずれたところで勝負するのがプロの生き方ではないだろうか、とも思うのである。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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