連載コラム

三好徹-ゴルフ互苦楽ノート

ドライバーかパターか

2015/8/2 22:00

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ルール無視、基本無視のとんでもないゴルファーと以前同組になって…



 三十代半ばのサラリーマンの男子、仕事は営業で外回りだから、時間の融通はきく。つまり、喫茶店に入って適当に休んだり、本や週刊誌を読んだりはできる。学生時代にスポーツをしたことはないが、親しくしていた友人から誘われて一年前からゴルフをはじめた。友人の方はもう三年前から月に二回くらいはコースに出ているから、ハーフで50前後のスコアで回ってくる。その上に仕事にしても資材調達がメインなので、時間の都合はつく。

 そういう友人に比べて、サラリーマン君は一日がつぶれるゴルフは、土、日か祭日の休みに限られる。そして、日本のコースでは、平日よりもグリーンフィが高価に設定されている。友人君は商店の休み(平日)にゴルフに行けるので、その点でもサラリーマン君よりも有利である。しかし、そんなことをいっても仕方がないから、何とかして時間をひねり出し、友人に追いつきたいが、何かアイデアはないだろうか。ゴルフにくわしい、と聞いているから、何かヒントを下さいよ、とわたしがいわれたのは、親類の集った法事のあとの食事会の席上である。

 この種の相談は、深刻な人生の悩みごとではないから、適当に答えても構わないようなものだが、といって、ゴルフ上達の方法は一つしかないよ、それは練習することだ、とつきはなすのも、かわいそうである。せっかくゴルフをはじめたのだ。何とか続ける方向にリードしてやりたい、とわたしは思ったのだ。わたし自身はゴルフをはじめたのは四十代になってからだから、年齢的には遅い方だろう。ただ、同じ年代の作家仲間二人がいっしょにゴルフをするようになったことで、続けることができたのだ。

 当時の文壇ゴルフのリーダーは丹羽文雄さんだった。ゴルフをはじめたのは五十歳を過ぎてからで、六年でシングルになったという逸話の持ち主である。

 余談になるが、文壇といっても、作家として生計を立てられる人はそんなに多くはいない。おそらく、社会的にはもっとも小さなグループだろう。とはいえ、丹羽さんは日本文芸家協会の会長などの役職をつとめ、新聞や週刊誌の連載をたえず続けたから、社会的な知名度は、一年か二年で交替する総理大臣よりも、はるかに上だった。また、ゴルフに関連していうと、丹羽さんにゴルフを教えてもらおうという作家たちが多くなって、月に一回のコンペがもたれるようになった。出版社の人たちが、その集りを丹羽学校と呼んだ。生徒には、丹羽さんに劣らぬ知名の作家が多かった。わたし自身は、ゴルフをはじめて一年近くたってから丹羽学校の月一回の集りに出るようになったが、それはともかく、丹羽さんはゴルフをはじめてすぐに自宅近くのコースのプロに基本から教えてもらい、それによって上達したのだ、と「ゴルフ・丹羽式上達法」に書いている。

 基本が大切であることは、何もゴルフに限ったことではない。ゴルフなどのスポーツに限らず、芸ごとにも共通する話である。たとえば、囲碁・将棋も、基本を習った人は、基本を無視して自己流というか、自分勝手にゲームをする人よりも上達が速い。ただし、こういう芸ごとにはルールがあるから、ルールにはずれたやり方をする人は、相手にされない。前に、ある有名な画家(故人)と某新聞社主催のコンペで同組になったことがあった。およそルールを無視する人で、スタートホールのパー5で、9打だったのに、ホールアウト後の申告では「オレは7だ」という。

 おかしいな、と思ったが、そのときは黙っていた。次のパー3では、彼は2オンして2パット。「オレは4だ」という。しかるに次のパー4では、右へ行ったり左へ行ったり、グリーン手前でチョロだったのに、昂然たる口調で「オレは6」といった。わたしは今度はいった。「今のホールは8じゃないですか」「いや、6だ」「おかしいですね。第一打は右のラフに行き、次打が左のラフ、そしてやっとグリーン手前にきて次はチョロ、さらに…」「きみは何だってオレのスコアを勘定しているんだ!」

 わたしは、おとなげないのを承知で、彼の運のいいワンパットを入れてスコアが8になることを説いたが、相手は「おれは6だ。キャディさん、そうだよな」とどなるようにいう。キャディは迷惑そうに、自分は見ていなかった、といい、わたしに(およしなさい)という意味の目配せをした。どうやら彼女は、その画家がムチャクチャなゴルフをする人であることを知っていたらしい。わたしはそこでプレイをやめることを考えたが、きょうはゴルフの日ではなく、精神修養の日なのだ、と自分にいい聞かせて18ホールを回った。

 その画家にゴルフをする資格のないことは明らかだが、そういう無茶なゴルフをするようになったきっかけは何だったのだろうか。誰にもわからないが、想像はつく。最初に、基本を無視したのに、誰からも注意されなかったに違いない。

 ゴルフについて、わたし自身は最初にプロから手とり足とりのレッスンをしてもらうことはなかったが、本はたくさん読んだ。アメリカに行ったとき書店で棚にあったゴルフの本をそっくり買った。それらの本で知ったのは、ゴルフ上達に近道はないことであり、それを実践した第一人者がベン・ホーガンで「ホーガンが3日も練習しなければニュースになる」といわれたことも知った。

 そこで冒頭のサラリーマン君のアドバイスになるが、わたしは彼に、ドライバーとパターのどちらが好きか、と聞いた。
「さァ、どっちも大切なものだけど、好きか嫌いかは、ちょっと返事に困りますね。しいていえば、休日に近くの練習所へ行って打ちまくるのはドライバーですが…」

 パターの練習はしたくてもできない、といわんばかりだったが、わたしの答えというか考えはまた次回に。

三好 徹
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家に。直木賞、推理作家協会賞など受賞。社会派サスペンス、推理、歴史小説、ノンフィクション、評伝など、あらゆる分野で活躍。ゴルフ関連の翻訳本や著書も多い。日本の文壇でゴルフを最も長く愛し続けてきた作家。

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